小説はマンガは芸術?写真は?グリーンバーグの『アヴァンギャルドとキッチェ』

アートがよく分からない、という人も

本やマンガを読んだり、流行りの歌を聴いたり、

SNSで風景の写真を上げてみたり、

好きな芸能人の投稿をチェックしたり

こうして誰かの表現に

触れているのではないでしょうか。

これらはアート、芸術と言えるものでしょうか。

 

これに関しては答えはありません。

 

大衆向けの文化に対しての議論は1939年に遡ります。

1939年に既にこの議題を考え、答えを提示した人物

クレメント・グリーンバーグ

とその著書について探っていきます。

 

クレメント・グリーンバーグについて

 

  • 誕生:1909年1月16日
  • 没年:1994年5月7日
  • 国籍:アメリ
  • 職業:美術批評家
  • 関連人物:ジャクソン・ボロック、ウィレム・デ・クリーニング

クレメント・グリーンバーグはニューヨークで生まれ、

小さい頃から絵が好きだったそうですが、

次第に文学にも関心を持つようになりました。

 

大学を卒業後、仕事を転々とし、次第に執筆活動を始めます。

雑誌や文芸誌に名前が載ることも増えましたが、彼の名を特に有名にしたのは

論文『アヴァンギャルドキッチュ』です。

アヴァンギャルドキッチュ

 

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論文『アヴァンギャルドキッチュ』では芸術が

アヴァンギャルドキッチュに二分されている

と現状を分析し、キッチュを批判しています。

 

アヴァンギャルド日本語では「前衛」と訳され、

実験的思考や精神思想のある芸術

キッチュ大衆文化によって生まれた

ワーキングクラスの消費のために生産される芸術

と解説し、

アヴァンギャルドが正式な文化の担い手だと

グリーンバーグは主張しました。

 

例えば、本であればサスペンスや推理小説など

大衆文化はキッチュであり

心情描写を中心とした小説、芥川賞に選ばれる純文学は

アヴァンギャルドといえます。

 

音楽であれば、普段テレビの歌番組で

見れる流行りの歌手の音楽はキッチュ

オーケストラで聞くクラシックな音楽や

現代音楽はアヴァンギャルドということです。

 

なぜアヴァンギャルドキッチュについて論じたか。

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グリーンバーグが行ったのは実は芸術ではなく、社会への批判でした。

 

グリーンバーグジャクソン・ボロック(1912-1956)の

抽象画を大絶賛しています。

アヴァンギャルドキッチュ』の考えは

戦後アメリカの抽象主義絵画

大きく支持するものとなりました。

 

しかし、アヴァンギャルドキッチュ』が

発表されたのは1939年でした。

 

キッチュ」はドイツ語で

「俗悪なもの、まがいもの。」の意味なのです。

論文は実はナチスドイツや

ソ連全体主義ファシズムへの

警鐘としての論文だったのです。

 

ナチス・ドイツやソヴィエトが文化統制を行い、

「アーリア美術」や「社会主義リアリズム」

といった国の制作に合う文化を

作っていったことにへの批判、つまり

国家が芸術を、人を鈍感にするために利用する

消費物、として使うことへの批判ということ

だったのです。

 

キッチュは芸術ではないのか?

ではキッチュに分類されてしまう作品は

芸術とは言えないのでしょうか 

 

グリーンバーグの著書は

アメリカが自分たちの固有のアートを確立していった

第二次世界大戦直後には大きな影響があり、

 

抽象主義絵画というアメリカ固有のアート文化

が出来上がりました。

 

しかし、1960年代にはキャッチーなポップアート

大きな主流になっていきます。

 

また、アート市場の拡大しつつある

中国に社会主義イメージの

キッチェが見えると考える人もいます。

www.afpbb.com

 

逆にかつてアヴァンギャルドとされていたものが

ファッションアイテムという大衆文化

になっていることも。

spur.hpplus.jp

アヴァンギャルドとキッチェが存在することは

確かかもしれませんが

どちらがアートの主流であるかについては

なんとも言えない状態であるということですね。

 

まとめ

今回は、「 小説はマンガは芸術?写真は?

グリーンバーグの『アヴァンギャルドとキッチェ』」

と題して芸術について探ってきました。

  • 批判的、啓蒙的な芸術はアヴァンギャルド
  • 大衆的な芸術はキッチェ
  • ナチスやドイツの文化統制によって80年前から議論
  • どちらが正当な芸術かは時代や地域によってさまざま

 

ただ筆者の私はいわゆるアヴァンギャルド

取り組んでいる身なので、

少し今の日本がキッチェばかりで

アヴァンギャルドへを解釈する力が失われてしまっていると

感じてもいます、、

 

ちなみに、1933年に日本へやってきた

建築家ブルーノ・タウトさんは「日光東照宮」を

キッチェだと感じたそうです。(私もまだ読んでないので、読み終えれば報告します…)